
宇宙世紀00XX(ダブルオーダブルエックス)
これは、歴史に刻まれることなく、刻の涙とこぼれおちてしまった、失われた記録である
プロローグ
「アンビシオン、聞こえるか? アンビシオン、応答願う
くそっ!こんなところで、、、冗談ではない、、、(ん?何だ今のコトバ)」
赤いノーマルスーツのヘルメットロックをはずしてヘルメットを脱ぐと、そのままヘソのあたりまで電磁ファスナーをおろして上半身だけノーマルスーツを脱いだ
特殊なセンサーのついたカーボンブラックのインナーから、このパイロットがテストパイロット、それもニュータイプのテストパイロットであることがわかる
「まぁ、焦ってもしかたないな
ハロ、現在地を計算してくれ、、、
シャア=ミラージュより報告、17:43(ひとななよんさん)原因不明のミノフスキー粒子でセンサー類が使い物にならないため、ハコ(装備コンテナ)を回収してデブリバンカーにビバークする、機体状況はオールグリーン、酸素残量は予備を合わせてざっと113時間分くらいだ 帰投予定は現在のところ未定 ミノフスキー濃度が低下したら広範囲索敵を行ないフェーズ4から7をとばして8番フェーズで帰投を試みる 報告終了
よし、オレはしばらく寝る、、、まったく、、、若さゆえの過ちか、、(ん?なんなんだこのフレーズ、勝手に、、口をついて、、、)
つかれてる、、、のか?、、、寝るに限るな、、、」
そうつぶやくと、シートのリクライニングを目いっぱい倒して、しばしの休息をとろうと目を閉じた
7hours before
周囲を無数のデブリに囲まれた第13試験宙域、ここはアナハイムのフォン・ブラウン工場から最も遠いモビルスーツ試験場として存在しているが、ほとんど稼働していない
なぜなら、ここで試験されるモビルスーツのほとんどは、プロトタイプのプロトタイプ
つまり、なにかしらの新技術が発見され、それを実戦用に運用できないかを確認するための機体である
そんな技術はそうそう発見されるものでもないし、そう簡単に運用へこぎつけられるものでもない、それ専用の機体も必要ということで、なかなか試験段階まで到達しないのだ
そんな中、新素材「サイコマテリアル(のちのサイコフレーム)」を搭載した新型サイコミュ兵器の運用試験のため実験機が用意された
「赤いな、、、」
シャアがそうつぶやくと、あわてたようにクルーの一人が口を開く
「君がオレンジとホワイトのカラーリングはトレーニング機みたいだからイヤだって、赤くしてくれってリクエストしたんじゃないか、、、大変だったんだぞ、全塗装」
早口にまくしたてるクルーには一目もくれず、シャアはただその機体を見つめた
「いや、、実にいい色だ、、、ありがとう」
そう感謝の言葉を述べると、機体の色とおそろいのノーマルスーツに着替えた
そして、ヘルメットを小脇に抱え床をひと蹴りしてコクピットまで飛んだ
すでに火を入れ(起動して)各部の設定を調整されたコクピットにおさまると、まさに人馬一体となったような気がした
そしてそんな満足感を胸に、機体をハンガーから離し、テスト用装備がいくつか積み込まれたコンテナの取っ手をマニュピレーターで掴んで半回転すると、デッキに固定されていたコンテナのロックが外れ宙に浮いた
そのままコンテナをカバンのように手に下げたまま、モビルスーツデッキのカタパルトを使わずにサイドハッチからふわりと踏み出したかと思うと、アポジモーターで機体を試験宙域のほうへ向けフルバーニアで、あっという間に光の帯をひきながら消えていった
若さゆえの過ち
「このあたりでいいだろ、、、」
第13試験宙域まで2時間弱、オートパイロットでの航行に退屈していたシャアは、ようやく到着したかというような面持ちで小さなあくびを一つすると、さっそくテストにとりかかった
今回の試験プログラムは大きく分けて次の3項目である
- 新型サイコミュ(無線式)の起動と基本操作(スタンバイモード)
- デブリ群の中での複数同時運用と接続状態の強度の計測(スタンバイモード)
- 火器制御、攻撃精度と火力テスト(アクティブモード)
しかしシャアは、開発工場での操作実験シミュレーターで、いつもうまくいっていたことから自身の能力を過信し、1番を飛ばしていきなり2番の複数同時運用からスタートした
ただでさえデブリが多く操作が難しい状況の中、ストレスを感じ始めていたときだった
突然サイコミュのモードがスタンバイからアクティブに変わり、戦艦デブリを攻撃、最悪なことになぜか戦艦デブリの核融合炉が生きていたため、大爆発をひきおこしてしまった
近距離だったため、巻き込まれて爆発してしまってもおかしくない状況だったが、機体はうまく飛ばされ、その衝撃でしばらく気を失ってしまったが、どうにか命拾いをした
だが、気を失っていた間に機体は流され、さらに原因不明のミノフスキー粒子により現在地をロストし、このデブリの海に漂うこととなった
なぜ機体が無傷なのか、シャアは偶然による幸運だと思っているが、実は、これはサイコミュが張ったサイコフィールドによるバリアのおかげである
すっかり漂流してしまったことに少し焦って、しばらく現在地をさぐろうと移動してみたり、繰り返し無線で呼びかけをしたりとやってみたが、どうにもらちがあかないからひと寝入りを決め込んだというわけだ
赤い幻影
さて、しばらくたっただろうか、時間にして1時間ほどシャアが仮眠している間に、かなり遠くから光る3つの点が不規則に揺れながら徐々にその光を大きくしていった
近づいてきている
セーフモードのレーダーが、それをモビルスーツだと判別すると同時に、モニターに赤い警告ランプが点灯した
「シャア!敵機!シャア!敵機!」
突然ハロがけたたましくアラートを告げた
「敵機だと!?こちとらテスト機だぞ、所属シグナルは中立のはずだ、アンチシグナルなんて出るはずが、、、」
シャアはリクライニングしていたシートから跳ね起き、雑にノーマルスーツに袖を通しながらつぶやいた
「マジかよ、、、なんだこのシグナル!?
ハロ!ミノフスキー濃度は?」
「ミノフスキー濃度、低下、3.7%」
「よし、全システムリポーズ解除、プライオリティをスクランブルモードへ、索敵はシーカーを使わず絶対座標、感度をレベル2に設定」
「コマンド、了解、セッティング、OK」
リニアシートの3方向から所属不明ながらENEMY表示の機体が不規則に飛び回っている
「何かを、、、探しているのか?、、、まさか、、、この機体?を、、、」
ニュータイプの直感でなくても状況がそう判断させた
3機のモビルスーツは確実に距離を詰めてきている
「三点索敵か!、、、まずい!、、、海賊か」
三点索敵とはレーダー装備などのバックアップが整っていない状況で使われる編隊航行で、単一の索敵に効果のある手動索敵なのだが、今時そんな一昔前の熟練パイロットでなければ難しい索敵方法をわざわざ使うのは、レーダーの弱い機体か、ゲリラ、そしてわざと通信をきって隠密接敵してくる海賊くらいだ
この場合最悪なことに、どうやら海賊らしい、妙に手慣れている、そして、早い
「おい!もうそろそろ気づいてんだろ?おとなしく武装解除して出てくりゃ命まではとらねぇぜ!」
荒々しい野獣のような声がスピーカーから煩わしく響いた
「オープン回線だと!?正気かよ、、、」
「炙り出されたいらしいなぁ、、えぇ! ノンブランド!」
ノンブランドとはテスト機の俗称だ、この野獣の声の主は、確実にシャアの機体が機密の塊であることを知っている、鹵獲するつもりだ
「手練れが3機、、、か、、、いけるか?、、、」
覚悟を決めたシャアは全天モニターをフル感度で起動させ、火器管制を手動からセミオートに切り替えた
「ハロ、高速機補正は+2、ヒットボックスは-1だ!」
「そこかよ!」
野獣の声が響くと同時に上方からのビームがデブリを直撃した
「なんて、、正確な射撃なんだ、、、」
ビームで砕け散るデブリの間から、青く照りかえる機体を一瞥し、間一髪でかわしたシャアは驚いたようにつぶやく
「新型!?、、、だが、、、こっちもワンオフの特別仕様なんでねっ!」
オープン回線でそう叫ぶと、先ほどビームを放ってきた機体を狙いライフルを一撃する
「ちぃっ!なかなかのウデだな、おもしれぇ!オレとやろうってのかよ!」
そう叫びながら撃ち返してくる野獣のビームを、予測していたかのようにシャアはかわしながら再びライフルを放った
野獣はそれを紙一重でかわしながら叫ぶ
「ラムサス!ダンケル!展開してワイヤーだ!こいつは早ぇえ!足をとめろ!」
命令を聞き終わるより早く2機が動いた、相当な熟練度と連携だ
「動き回る輩は、足を止めてから叩くんだよ!」
ふいに左右後方の下方から衝撃が来る
「ぐっ!、、、気を取られ過ぎた、、、だが、まだ!」
右と左、それぞれの足をワイヤーに絡めとられたままライフルを野獣に向ける
「そんな態勢で狙えるものかよっ!」
そう叫んだ野獣がシャアの一撃を右にかわした瞬間、2つの叫び声が響いた
「ぐわっ!」「なにぃっ!」
「どーしたっ!」
野獣の声は困惑していた
「隊長!こいつ!ニュータイプです!」
シャアの機体へワイヤーを放っていた左右後方の2機は、脚部バーニアから煙を吐いていた
そしてその近くには、見たこともない赤い光の粒子をまといながら、サイコミュ兵器が4基漂っている
「今立ち去れば忘れてやる、そしてお前たちも忘れろ、でなければ、おとす」
シャアは静かに、しかし圧倒的なプレッシャーを感じる声でそう発した
その言葉は、発しているシャア自身が発しながら感じるほど、自分ではないような発言だった
「ほぉ、このオレに正面切ってケンカ売ろうってのか、おもしれぇ、お前ら、下がってろ」
野獣がそういうと、被弾し損傷した2機は申し合わせたように距離をとった
「退屈しのぎが、できそうだぜ!」
言うや否や右腕のビームを放ちながら野獣が迫ってくる
シャアがそれを右にかわしたとき、野獣は左手に構えたビームサーベルでシャアの機体を薙いだ
と思った瞬間、シャアは驚くべき速度でサイドアーマーからとりだしたビームサーベルでそれを受け止めていた
そしてそのまま2機のモビルスーツはバーニアの帯をひきながら螺旋を描くように格闘戦を繰り広げる
モビルスーツ同士の斬撃は、1合、2合と打ち合うたびに激しく火花を散らした
5合ほど斬撃を打ち交わした後、先に距離をとったのは青いモビルスーツだった
「なんだ!?このモビルスーツは!反応速度が、、、」
「通常の3倍のスピード、、、とでも言いたいのかな?」
そう言うとシャアは一瞬で距離を詰め、青いモビルスーツの左腕を斬り飛ばした!
「まだやるつもりか?」
「笑わせるな!腕一本とった程度で!このハンブラビをなめるなよっ!」
その青いモビルスーツは一瞬で視界から消えた
「可変機!?ほぉ、、、、見せてもらおうか、その新型のモビルスーツの性能とやらを!」
野獣は腕を飛ばされる前よりも反応速度が上がっていた、それはハンブラビに搭載されたバイオコンピューターがパイロットに呼応していたためだった
「サイコミュ持ちには、機動力を使った格闘戦がセオリーだってねぇ!」
飛行形態で死角から潜り込むように接近し、モビルスーツ形態へ変形すると同時に至近距離からのビームサーベルによる斬撃を繰り返した
おおよそ常人にはマネのできない芸当である
シャアの機体もさすがにこの機動戦に付き合うのはてこずった
そして、7度目の打ち合いのとき、ついにハンブラビをとらえた
ハンブラビの右腕をシャアの機体の左腕で挟みこんだのだ
「これで、、、」
と言いかけたシャアに野獣がニヤリと笑う
「もらったぁ!」
野獣の叫びとともにハンブラビのテールスタビライザーが、シャアの機体のコクピットをめがけて跳ねあがった!
テールランスがコクピットをとらえる瞬間、2機の間に小さな爆発が起きた
「なんだとおっ!」
サイコミュだった
「動き回る輩は、足を止めてから叩くんだったな?」
シャアのサイコミュがハンブラビのテールランスを撃ち抜き、爆発が起きたのだった
「、、くっ、、、オレの負けだ、殺せよ」
野獣は力なく言った
「その必要はない、オレは戦争をしているわけじゃないんでね」
シャアは言った、先ほどまでと雰囲気が変わっている
「オマエ、さっきまで戦っていたのは、、、本当にオマエなのか?」
「オレにもよくわからん、意識はあっても脳が、カラダが、勝手に動いてるイメージだった」
「だが最後の一撃、狙おうと思えばテールランスじゃなくコクピットが狙えたはずだ、なぜ情けをかける?」
「情けなんかじゃない、さっきも言ったはずだ、オレは戦争をしているわけじゃない
それに、そっちもどっちかっていうとまだロールアウト前だろ?
お互い「軍属」ではないわけだ
テストパイロットってことでいいじゃねーか、いいデータもとれたことだし」
ついさっきまで殺し合いをしていた相手とは思えないほどサバサバとしているシャアの様子に面食らった野獣は、どこかすがすがしいものを感じていた
「すまねぇ、今回はその言葉に甘えさせてもらうぜ、だが、戦闘データは破棄しておく、本来なら持ち帰れなかったものだからな」
「ふん、勝手にしろ、そんなことより、、、フォン・ブラウンへの帰投経路持ってないか?」
「ん?オマエ迷子なのか?テスト中なのに?ふはははは、任せておけ、オレたちもフォン・ブラウンから来た、、、、お肌のふれあい通信で経路データを送る」
「サンキュ!、、、13試験宙域は、、、っと、こっちか、、、」
「オ、オマエ第13試験宙域の、、、どうりで、、、」
「ん?なんだ知ってるのか、、、ちょっとヘマしちまったんだよ」
「とんでもねぇものに手ぇだしちまったぜ、、、」
「じゃー、オレは帰らせてもらうぜ、行方不明の身なんでね」
「あぁ、了解した」
立ち去ろうと機体を離しかけたシャアに野獣が声をかけた
「おい!オレの名はヤザン=ゲーブルだ、恩を売った相手の名前は憶えておけよ」
「オレはシャア=ミラージュだ、戦場で会うことはないとは思うが、アナハイムに立ち寄ることがあったらメシでもおごってくれ」
そう言い残してシャアはバーニアの尾を青く輝かせてデブリの中をつっきっていった
「シャア、、、だと、、、冗談キツイぜ」
「隊長、いったいヤツは、、、」
「ふ、、、あいつがテストしていたのは機体だけじゃない、あれは、機体と、あいつ自身のテストだったのさ、、、」
エピローグ
「アンビシオン、聞こえるか? アンビシオン、応答願う」
「シャア=ミラージュ、無事だったか、先ほどまで13宙域に捜索機を出していたところだ
爆発の痕跡を見て状況は確認していたが、機体の破片などがなかったからな、これから宙域外まで捜索するための隊をちょうど編成していたところだ」
そう答えたのはアナハイムのフォン・ブラウン工場からテスト機の整備のために出航している整備艦「アンビシオン」の整備長だ
「デブリに生きた核融合炉がまじってたんでね、えらい目にあった」
機体がモビルスーツデッキのハンガーに固定され、コックピットハッチが開く
「なにより無事でよかった、機体も、お前も」
整備長は数名のクルーに指示を飛ばしながらシャアに近寄ってくる
「けっ、機体の心配が先かよ、せっかく土産も持って帰ってきたってのに」
ドックに戻ったシャアはノーマルスーツのヘルメットをクルーに投げながら言った
「土産?いったいなんだ」
「ヤザンとかいうパイロットの首だよ」
クルーからうけとったゼリー飲料の口をくわえてノーマルスーツを脱ぎ捨てながら話を続ける
「まさか、交戦したのか!しかもヤザンだと!あのヤザン=ゲーブルか!」
整備長の顔が真っ赤になった
鬼の形相というやつだ
そんなことはおかまいなしにシャアは続ける
「あぁ、そういってたっけかな、、、ヤザン=ゲーブル、、、」
「首って、まさか落としたのか?」
唾が飛ぶほど顔を近づけてくる整備長から離れるようにフロアを ”トンっ” とひと蹴りしてデッキ2階の通路まで飛ぶ
「安心しろよ、命までは取ってねぇよ、ハンブラビとかいう新型とやりあっただけだ」
「バカモン!相手はティターンズのエースだぞ!軍属と交戦など正気か!」
「大丈夫だ、あっちもロールアウト前のテスト機らしい、厳密にいえば「軍属」ではないだろ、お互い納得して別れたよ」
シャアは早くこの場を立ち去ろうと格納庫から船内エリアへ続く扉を開けた
「まったくキサマは、とんだ土産を持って帰ってきやがって、、、だが待てよ、、、戦闘データがあればファンネル搭載機の設計がはかどる、、、か、、、まぁ、いい、始末書 書いとけよー」
「へーい」
妙に怒りのおさまった整備長を見て、またいつ噴火するかもしれないからそっとしておこうと、素直に返事をして出撃後の検査を受けるためメディカルルームへ向かった
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